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一般先取特権に基づく差押は、申立前に綿密な準備が必要です

一般先取特権に基づく差押申立(裁判所での手続き)

申し立てを受け付ける裁判所
債務者の住所または本店所在地の管轄裁判所

訴訟をする前に、ただちに債権回収できる可能性

債権仮差押・差押命令の説明でみたとおり、一般的には債権差押命令の申立ては、何らかの裁判手続きの結果をまって初めて行うことができるものです。給料未払いで困っていても、問答無用でいきなり会社の預金を取り上げて労働者のものにするということは、通常は考えられません。

その『通常では考えられない』ことが、労働紛争においてはときどき可能です。

根拠は民法第306条2号にあります。ここで条文には、『先取特権(一般の先取特権)』ということばが出てきますので、本項の説明では一般先取特権、または雇用関係の一般先取特権ということばを使います。

必要な実費
例 債務者1名・第三債務者1名での申立の場合 手数料 4000円(債務者と債権者の数で増加する)
予納郵便切手3000円程度(裁判所で異なる)
債務者と第三債務者が法人なら、その法人の登記事項証明書各600円

合計 8400円程度

申し立てを支援できる法律資格
弁護士実情不明だが、都内・大阪を中心に対応する法律事務所がある。
当事務所での申立と競合した事例がある
司法書士書類作成は制度上、一応可能。経験がある事務所は多くない
当事務所司法書士として書類作成を行う。東京・大阪・名古屋地裁で申立事例がある

先取特権について『法定』の『担保物権』なんですが

さて、ではこの先取特権とはなんでしょう?
とても簡単に言うと、ある条件下で、ある債務を負っている人の財産について、法律により自動的に発生してしまう担保権だと考えてほしいです。

では担保ってなんだっけ?と言われるでしょうね。
比較的わかりやすいのは、住宅ローンと住宅についている抵当権の関係だと思います。

抵当権について少し寄り道の説明です

人は新たに家(という財産)を買うときに銀行などからお金を借ります(『債務』を負担します)が、その債務を担保する(返済の可能性を確かなものにする)ために、

  • その家に抵当権を設定することを債権者と『契約』します。

この抵当権が担保権の一種です。その後

  • もし住宅ローンの返済ができなければ、
  • 金融機関は抵当権に基づいて家を競売にかけ、
  • そのお金で、貸していたお金の返済を受ける

ということになります。

ここで抵当権は、お金を貸した債権者(金融機関)と担保を提供する人(家の持ち主)との契約がないと発生しない担保権です。抵当権を設定する契約あるがゆえに金融機関がその家を競売にかけるには、事前に貸金請求訴訟を起こす必要がありません。

つまり、担保権に基づいて債権の回収を図るときには、その債権について裁判で争う必要はない、という効果もあることになります。

一方で先取特権は『ある債権』が生まれたら担保権も自動的に発生してしまう、債務者の財産に担保権を設定する『契約』は不要だ、という決まりになっています。

労働契約に基づく権利、すなわち未払いの賃金や退職金や解雇予告手当や休業手当など、労働者が労働契約や労働基準法によって使用者に請求できる金銭債権は、発生と同時に、使用者のすべての財産によって担保されている、ということに法律上はなっています。法律上は、労働者は労働債権を回収するために、使用者の財産を適当に選んで差し押さえた上でお金に換え、他の債務に優先して支払いを受けることが直ちにできる状態になっているわけです。

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一般先取特権の実行制度はあっても実際にはあまり機能していません

最後のほうで少しよさそうな説明になりましたが、法律上は一般先取特権より効力が強い担保物権がある(上記に挙げた抵当権や動産の先取特権など)ことと、そもそも一般先取特権の存在や主張の方法が正しく知られていないため、労働者にとって事実上はこんな権利、ないも同然、と考えたほうが実情に沿っているでしょう。

労働債権は一般先取特権で保護されています、などと言って他になんの説明もしないウェブサイトは、不実であるか間抜けな人間が運営していると断定して間違いありません。

先取特権という言葉を使って当事務所に問い合わせてきた人にそれを行使する手続きの提案ができたことも、ほとんどありません。

ですが、いくら実情として『ないも同然』の一般先取特権であっても、使用者の財産に自動的に担保が設定されていることになっている以上、そこから債権の回収を図ることができるような制度が実は存在します。

この制度も、債務者が誰かに対して持っている債権を差し押さえようとする場合には『債権差押命令申立』という名前になります。
しかし前項で述べた債権差押命令申立とは、裁判所であらかじめ訴訟等を起こしておく必要がなく直ちに担保権の実行ができる(仮差押とちがって、訴訟をやらずにいきなりお金が取れる)点で決定的に異なります。仮差押ではないので、担保を提供する必要もありません。

そうすると、給料未払いにあった労働者がいつでも誰でも一般先取特権に基づく債権差押命令申立によて未払いの給料を直ちに回収できるなら、訴訟なんて馬鹿らしくてやってられない、ということになりますね。

もちろん、世の中そんなにかんたんにできてはいません。

ウェブで情報を探す人へそれでどうにかなる手続ではありません

裁判での和解や判決に基づく債権差押命令の申立には、その申立が正しいことを明らかにするために裁判所で作られた和解調書や判決書など(債務名義)が必要です。一般先取特権に基づく債権差押命令の申立は、裁判をやらずに申し立てることができる制度である以上、裁判所の判断を経て作られた和解調書も判決書も通常はありません。

これに代わるものとして、『担保権の存在を証する文書』(民事執行法第181条1項4号)というものが必要になってきます。この文書は、社長や労働者たちが作った私文書でかまいません。

しかしながらこの『担保権の存在を証する文書』を、事案に応じて適切に揃えること(または、揃ったと判断して申立に踏み切ること)がとても難しいのです。

簡単に言えば、未払いの賃金(基本給)の請求なら、担保権の存在を証する文書としては労働契約書や出勤簿や賃金台帳などがこれにあたるのでしょうが、そうした格好をした書類であっても『誰が作ったかわからない』ようなものだけではいくらかき集めても無理で、タイムカードに上司の承認印がない、ということで申立の成否が危うくなることもあります。

一ヶ月分全部打ち終わったタイムカードに上司の印鑑がある状態で労働者がそのコピーを保管していることなどあるはずもないのですが、裁判所側はそうした実情には全く興味を示しません。

だからこの申立は難しいと言えるのでしょうね。少なくとも申立にあたって、なにか決定的な文書が一つか二つあるからそれで大丈夫だ、などということはありません。

判決さえも書証の一部でしかないのです決定的な文書といえるものがありません

担保権の存在を証する文書は、通常は裁判所とは関係ない場所で作られる文書ですが、訴訟において会社側が労働者側の主張を認めた『口頭弁論調書(判決)』を担保権の存在を証する文書として、この申立をおこなったことがあります。

しかし裁判所は、それでもさらに数点の証拠の追加を求めてきました。

つまり一般先取特権に基づく債権差押命令申立にあたっては、判決すら証拠となる文書の一つにすぎないのです。担保権の存在を証する文書は、私文書(労働者と会社の契約書など)でも公文書(離職票など)でも、あるだけ組み合わせればなければなりません。文書の収集の要領としては

  • 請求できる権利が発生するための要件事実を把握したうえで、
  • 要件事実を直接・間接に明らかにできる公文書や私文書をかきあつめ、
  • それらの文書が真正に成立していることを明らかにする書証を、さらに集めたり作ったりする(その文書を作った人が誰か、第三者からみて確実にわかるようにする)

これらのことを強く意識する必要があります。ここに書いてある言葉が理解できている必要もあります。

これが訴訟や債権仮差押申立であれば、書類や主張に多少足りないところがあっても裁判所からの審尋なり当事者尋問なりで補完されてどうにかなってしまうのでしょうが、一般先取特権に基づく債権差押命令申立では立証作業をすべて文書で行い、その文書の成立の真正さえ文書で立証する必要があるわけです。

ですから、労働者が就労した記録がないから未払い賃金について一般先取特権の行使ができない、解雇通知がない(口頭で解雇された)から解雇予告手当について一般先取特権の行使ができない、労働契約書がなく休日が明らかにならないから休業手当について一般先取特権の行使ができない…等々、請求できる権利はあってもどこかで証拠になる書類を欠いているため、この手続きが可能になる機会はとてもとても少ないのです。

そして、仮に書類がそろっても経営者側に差押できる財産がなければ申立そのものが無駄になりますから、そちらが理由になって申立をあきらめることもあるのです。

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難しいから申立が少ない、申立が少ないから経験者が増えない、悪循環

では具体的に、どんなに少ない申立件数なのでしょうか?雇用関係の一般先取特権に基づく債権差押命令の申立件数だけを直接把握できる統計はないようです。

一般先取特権に基づく債権差押命令の申立は、裁判所から平成●年(ナ)第●●号という事件番号を付与されます。この申立の中には、一般先取特権のほか動産先取特権等の担保権に基づく債権差押命令申立も含むのですが、これらを合わせた(ナ)号事件の一年あたり申立件数の推定として

  • 東京地裁本庁で 年1000件程度(12月申立)
  • 名古屋地裁本庁で 年100件程度(12月申立)
  • 大阪地裁本庁で 年200件程度(2・3月申立)
  • 北関東の管轄内人口約40万人程度の地裁支部で 年10件未満(12月申立)

これらは、平成18年から21年までに当事務所で実際に申立をおこなって付与された事件番号に基づく推定です。カッコ内は申立を行った時期ですので、大阪地裁以外は精度の高い推定値と言えるでしょう。

ここからわかるのは、東京地裁とその周辺から離れた場合、この申立は年間100件から多くて数十件、地方都市の地裁支部ではそもそも申請があるかないか心細いような状況だということです。

したがって世の弁護士・司法書士の多くはずっとこの申請に関与しない実情にあるわけです。
申立件数が少ないから経験が蓄積されず、経験が蓄積されないから情報が広まらず、情報が広まらないから関心が高まらず、関心が低いままなら申立を試みる人も増えず、以下、堂々たる悪循環、と言ったところでしょうか。

こと地方においては、そのへんの司法書士や弁護士の事務所になんとなく問い合わせて一般先取特権に基づく債権差押命令の申立書をつくってほしいと言ってあっさり受けてくれる事務所に会えることは極めてまれだ、と思います。

仮に受けてくれるという事務所があっても、その事務所に経験がなく経験者との連携もないようならば依頼そのものをお勧めしません。

これだけは弁護士に依頼すべきです!身も蓋もない結論ですが

ですので本コンテンツ中で紹介したすべての手続きのうち、この申請だけは申立の経験がある弁護士に代理を依頼する、少なくとも法律相談を念入りにおこなうことを強く推奨しますし、もとよりそうした事務所が探せるか・受任してもらえるかどうかは全くわかりません。

当事務所でも、いままで受けた一般先取特権に基づく債権差押命令申立事件はすべてその目的を達してきましたが、これだけはいつでも必ず成果をあげることができると言えるものではないのです。当事務所にあってもこの申立は、常に冒険的です。

特に緊急の場合、依頼人に書証の整理や事情聴取をめぐってかなりな負担を強いることになります。

雇用関係の一般先取特権に基づく債権差押命令申立について参考になる情報は、労働弁護団発行『労働者の権利』1998年10月号の6ページの論説(先取特権はもっともっと使える--こんなに簡易で迅速になった先取特権の行使--裁判所実務の現状報告 2 山内 一浩)が2016年8月時点でも、もっとも充実した申立事例と実情の解説です。

司法書士であれ一般人であれ雇用関係の一般先取特権の行使を試みるつもりならぜひ一読しておいていただきたいのですが、これ以降現在に至るまで、雇用関係の一般先取特権に基づく債権差押命令申立をめぐる実情を申立人側から明らかにした書籍や雑誌がほとんどないという状況自体、この申立がいかにマイナーなものであるかを如実に示していると言えるでしょう。

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参考文献

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これは労働問題解決への法的手続を説明するコンテンツです

社労士・司法書士の相談・書類作成費用名古屋市〜東京・大阪

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