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1.今日お話しするのは、労働紛争への関与の「始まり」・「すきま」・「終わり」 です(はじめに)

 新潟県司法書士会の皆さま、はじめまして。 私は愛知県名古屋市に事務所を持つ、登録から10年目の司法書士です。主に労働側での労働紛争に取り組んでおり、今回の研修の講師を担当することになりました。

 せっかく他県からお呼びいただいた講師ですので、この4時間をつかってできるだけ既存の参考書に載っていない、しかし実務上知っておくとよさそうなことをお伝えして帰ろうと考えています。

 この研修では、主に労働紛争初動での法律相談を念頭において、その相談で出てくる問いかけがどのような思惑をもってなされるのかを説明します。経営側であれ労働側であれ、十分な品質での聞き取りができないこと・初動での対処を誤ることは失敗の可能性を大きく高めるからです。

 そこで今回の研修にあたっては、賃金・解雇の二分野について労働側での相談を想定した相談票を作ってみました。
従来、「労働相談Q&A2008」等に添付されていた相談票は各設問の趣旨について解説がないことが難点だったため、今回の相談票には各設問がどのような法的な、または戦術的な意味合いを持つのかを説明した別資料を添付しています。

 つぎに、手続きの選択の際に考慮していただきたい法的手続きの実情と証拠書類ならびにその収集の方法をお話しします。利用する各手続きの特徴を教科書的に解説する時間はありませんが、それらは既存の研修や参考書をご覧くださいますようお願いします。

 最後に、どんな紛争であっても始めた以上は手仕舞うためのビジョンを持っている必要があります。

 紛争の解決のための相談は、単にある請求の当否にとどまらず立証の難易・各手続きの特徴・依頼人にとっての理想的な終わり方・対立当事者にとっての受け入れ可能な妥協点等を総合的に考えて戦略を探る、という面を持つものです。特に労働者側での賃金未払い事案は、未払い賃金立替払い制度や雇用保険制度の活用といった可能性を探れる点で、通常の債権回収とその性質を異にする面があります。
訴訟・労働審判における和解の事例や、普段はみなさんにとって縁遠い制度かもしれない雇用保険・未払い賃金立替払い制度を利用する方向で紛争を解決する可能性についてお話ししようと考えています。

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1.1.労働紛争はなぜ『わかりにくい』のか

1.1.1.初動対応の重要性

同時に複数の請求権が発生する
同時に複数の手続きを提案・進行できる
(労働者側で)ある程度請求額が増えれば、完全成功報酬制の事務所の利用が可能
選択する手続きによって結果が異なる
※特に労働審判手続の存在

1.1.1.1.留意点

 依頼人から見てもわかりやすい、ある一つの金銭的請求をする(例:貸金や過払い金)、一つの原因にもとづいて複数の請求を合算する(例:交通事故での諸損害)という形にはならないことがある。一つの目的に対応するたった一つの手続きが存在する(例:破産)ということにもならない。

 裁判所への手続きと裁判所以外の官署への手続きが同時に可能だったり、意図的に先行・後行させる場合もある。裁判所への手続きも、状況に応じて分離できる。
手続きを小分けにしても、140万円超えに関する脱法行為と評価されない可能性が真剣に存在する

官署への手続きの先行が可能な例
 賃金・解雇予告手当等不払いについて労基署への申告を行う ※申告をきっかけとして、証拠隠滅されたり口裏合わせを準備されることもある

官署への手続きが後行する例
 懲戒解雇無効確認請求を労働審判等で行い、その結果を得て職安に対し離職理由の変更を申し出る  職安の事実調査能力が期待できないため、労働者側が主導権を発揮できる手続き(裁判手続き)での結果得られた事実を職安に持ち込むもの。下記のように、審査請求中にその妨害を事実上排除するため裁判手続きを起こす、という手法も可。

官署への手続き中に、裁判手続きを行う例
 雇用保険に関する審査請求を先行させたあと、事実関係を確定させる(会社側の手続き妨害を排除する)ために労働審判・通常訴訟を利用し、その結果を審査請求に転用する。
審査請求後に雇用保険審査官に労働審判手続開始の旨伝えて、手続きの結果を待ってもらった例がある。

手続きの選択で、成果が異なる例
 即時解雇に際して使用者が解雇予告手当を支払わない場合
※地位確認請求労働審判で2~4ヶ月分の解決金を得るか、せいぜい1ヶ月分の解雇予告手当の請求をするか?

 依頼人も気づいていない手続き・請求が法的には可能であったり、手続きの組み合わせによって実現できることも多い反面、相談担当者・代理人の知識が貧弱なら実現できる結果も貧弱になる。
これは労働紛争が難しいと認識されてしまう理由の一つと思われる。
少なくとも『目的と一対一で対応する一個の裁判手続を行えば目的が達成される』というものにはなりにくい。

1.1.2.未払賃金立替払制度・雇用保険からの給付の存在

『会社が潰れたら負け』という債権回収の最大のルールは、時に大きくゆらぐ
→未払賃金立替払事業により、賃金の立替払いがなされるため。
自己都合退職者であっても、退職への経緯次第で特定受給資格者に該当する可能性
 これらの事実認定を使用者側が妨害した場合、通常訴訟・労働審判などを活用して状況を打開できる


前提:離職前3ヶ月間に、連続45時間以上の時間外労働が存在していれば自己都合退職者でも特定受給資格者に該当
目標:使用者側に、上記の事実を認めさせること。
  それにより、手厚い雇用保険失業給付を得ること。
手段:たとえば裁判外の交渉・労働審判・訴訟などで上記の事実だけは迅速に認めさせてしまい、使用者側への金銭的請求としては棚上げしてしまう?

使用者からお金がもらえなくても、場合によっては残業代請求の訴訟を起こすべきだ、ということになって荒唐無稽にみえるが、特定受給資格者に該当する場合の雇用保険失業給付日数の増加によっては本気でこれをおこなうメリットが存在する。

1.1.3.制度横断的な相談機関・実務家の不存在または欠陥

・労働法はわからないから、と言って相談にならない(市区役所の無料法律相談)
・少額訴訟や支払督促を『簡単だから』という理由だけで推奨する
 (総合労働相談コーナー・有料無料の法律相談)
・県労働委員会へのあっせん・裁判手続きへの支援で解決後、相当な額の『カンパ』 要求(労働組合)
・完全成功報酬制で残業代請求を煽る法律事務所・司法書士事務所の勃興と儲からない事案の切り捨て
・あっせん代理を指向する社会保険労務士事務所の増加
・労働専門・集中部では説明不要な主張が、裁判所で常に誰にでも理解されるわけではない

参考書通りに=専門家が書くような訴状を作るのがいいことか?

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このコンテンツは平成25年10月に、業界団体で実施した研修の教材です。
司法書士の研修のために講師として作成していますので、一般の方に有用でないこともあります。

個別の問題については、有料の相談をお受けしています。

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Last Updated :2018-10-04  Copyright © 2013 Shintaro Suzuki Scrivener of Law. All Rights Reserved.