高裁判決

主文

1 (1) 原判決主文第2項を次のとおり変更する。

  (2) 控訴人は,被控訴人に対し,312万5102円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2 その余の控訴を棄却する。

3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを20分し,その17を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

第2 事案の概要

本件は,控訴人に雇用されていた被控訴人が,控訴人に対し,①労働基準法(以下「労基法」という。)37条に基づき,平成19年9月1日から平成21年10月30日までの時間外手当合計350万0666円及びこれに対する退職後最終の賃金支払日の翌日である平成21年11月26日から支払済みまで賃金の支払の確保に関する法律所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金,②労基法114条に基づき,平成20年1月1日から平成21年10月30日までの時間外手当に相当する額の付加金314万7797円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金,③控訴人から退職を強要された等と主張し,不法行為に基づき,慰謝料100万円の各支払を求める事案である。

原審は,被控訴人の上記①の請求につき,336万7946円及び被控訴人主張の遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を認容し,上記②の請求を全部認容し,上記③の請求を棄却した。

そこで,控訴人がこれを不服として,本件控訴をした。

1 前提事実及び争点は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中,第2の1,2に記載のとおりである。

(1) 原判決2頁21~22行目の『「居酒屋なんS店」(以下「S店」という。)』を『「居酒屋なんN店」(以下「N店」という。)』と,同22行目の「(甲55)」を「(甲77)」と,それぞれ改める。

(2) 同3頁12行目の「S店」を『「居酒屋なんS店」(以下「S店」という。)』と改める。

2 争点に関する当事者の主張は,次項で当審における控訴人の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中,第2の3に記載のとおりである(ただし,原判決8頁18行目及び同10頁3行目の「支持」を,いずれも「指示」と,同14頁10行目の「法廷時間外労働」を「法定時間外労働」と,それぞれ改める。)。

3 当審における控訴人の主張

(1) 争点1について(その1)

原判決は,被控訴人の平成19年9月1日から同年12月31日までの労働時間について,被控訴人の主張するとおり,始業時刻が10時,終業時刻が22時30分と推定しているが,被控訴人の勤怠記録及びタイムカードが存在しないのであるから,上記推認は不合理であり,被控訴人主張の上記労働時間を認めることはできない。

(2) 争点1について(その2)

ア S店及びN店(以下併せて「控訴人店舗」という。)の営業時間は,昼が午前11時から午後3時まで,夜が午後5時から午後11時までである。

イ 控訴人店舗の開店前の時間帯について

被控訴人が雇用されてからN店で勤務した平成19年9月1日から平成20年10月31日までの期間(以下「①期間」という。),被控訴人がS店店長として勤務した平成20年11月1日から平成21年3月31日までの期間(以下「②期間」という。),被控訴人がN店に勤務した平成21年4月1日から同年10月31日の期間(以下「③期間」といい,①~③期間を併せて「在籍期間」という。)のいずれの期間も開店準備はアルバイト店員が行うことになっていた。また,被控訴人がアルバイト店員と共に開店準備を行っていたとしても,その場合は15分程度で開店準備は終了する。さらに,被控訴人が1人で開店準備を行ったとしても30分もあれば開店準備は終了する。したがって,被控訴人が開店前に早く出勤して労働に従事していたとしても,その時間は30分を超えることはなく,開店時刻まで30分を超える時間は労働時間とはいえない。

ウ 午前11時から正午までの時間帯について

控訴人店舗は,在籍期間を通じていずれも午前11時には開店するものの,正午頃まではほとんど客が入っていなかった。そのため,控訴人店舗の従業員は,各自自由に過ごしていた。したがって,上記の時間帯は労働時間とはいえない。

エ 正午から午後1時までの時間帯について

(ア) ①期間,被控訴人は,次第に業務を行わないことが多くなり,平成20年1月頃からは,ほとんど私用のためにパソコンに向かい,業務を行っていなかった。したがって,被控訴人は,平成19年9月1日から同年12月までは上記時間帯の半分である30分程度は業務に従事しており,労働時間と認められるが,平成20年1月以降は上記時間帯にっいては労働時間とはいえない。

(イ) ②期間,被控訴人は,ほとんど1日中,個室に籠って私用のためにパソコンをしていた。したがって,②期間の上記時間帯については労働時間とはいえない。

(ウ) ③期間,被控訴人はS店店長を解任されたことで,業務に対してやる気を失っており,何も業務を行っていなかった。したがって,③期間の上記時間帯については労働時間とはいえない。

オ 午後1時から午後3時までの時間帯について

在籍期間を通じて,午後1時を過ぎるとランチタイムの客も少なくなり,ほとんど接客業務はなかった。その上,被控訴人は,上記時間帯についても上記エのとおり,ほとんど業務を行っていなかった。したがって,上記時間帯については労働時間とはいえない。

カ 午後5時から午後7時頃までの時間帯について

控訴人店舗は,在籍期間を通じていずれも午後5時にディナータイムが開始するものの午後7時頃までは客が余り入っていなかった。そのため,控訴人の従業員は,各自自由に過ごしていた。その上,被控訴人は,上記エのとおり,ほとんど業務を行っていなかった。したがって,上記時間帯については労働時間とはいえない。

キ 午後7時から午後9時までの時間帯について

(ア) ①期間,上記時間帯については客も相当数入っていたため,被控訴人も業務に従事していた。しかし,上記エ(ア)のとおり,被控訴人は,平成20年1月頃からは,ほとんど私用のためにパソコンに向かい,業務を行っていなかった。したがって,平成19年9月1日から同年12月までは,上記時間帯の半分である60分程度は業務に従事しており,労働時間と認められるが,平成20年1月以降は上記時間帯については労働時間とはいえない。

(イ) 被控訴人は,②期間については,上記エ(イ)のとおり,③期間にっいては,上記エ(ウ)のとおり,業務を行っていなかった。したがって,上記時間帯については労働時間とはいえない。

ク 午後9時以降の時間帯について

在籍期間を通じて,上記時間帯については客数も減少していたため,午後10時のラストオーダーの時点で客がいなければ,その時点でレジを閉めて,閉店準備を行い,午後11時の終業時刻を待たずに店を閉めていた。そして,控訴人のアルバイト従業員は,その時点でタイムカードを打刻して帰宅していたから,アルバイト従業員のタイムカード打刻時刻が店舗全体の終業時刻である。その上,被控訴人は,上記エのとおり,ほとんど業務を行っていなかった。したがって,上記の時間帯については労働時間とはいえない。

ケ コーラを飲んでいた時間について

被控訴人は,在籍期間を通じて,業務時間中において,店舗の商品であるコーラを極めて大量に飲んでいた。したがって,被控訴人がコーラを飲んでいた少なくとも1日30分程度は,休憩時間というべきである。

コ 以上のとおり,被控訴人は,在籍期間を通じてほとんど業務を行っていなかったのであるから,時間外労働は発生していない。仮に,被控訴人が業務を行っていたとしても,①期間の平成19年9月1日から同年12月までの正午から午後1時までのうちの30分間と午後7時から午後9時までの間の60分のみである。

(3) 争点2について

ア 原判決は,被控訴人が大量のアルバイトの採用をすることにより人件費の予算について裁量を与えられていたことや正社員の配置について意見を述べることができたことの重大性を看過し,被控訴人が人事上の権限を有していた事実を誤認している。

イ 原判決は,控訴人の店長会議の本来的な機能を看過し,被控訴人が店長として店長会議に出席するということで控訴人の経営に参画していた事実を誤認している。

ウ 原判決は,被控訴人の賃金が時間外手当の趣旨で支給されていた代替手当を除いて月額27万円ないし28万円であることをもって管理監督者に対する待遇として十分であるとはいえないと判示しているが,他の従業員との関係において相対的に検討する視点が欠けており,事実を誤認している。

(4) 争点5について

控訴人は,被控訴人を店長候補として採用し,店長としたにもかかわらず,被控訴人は,実際にはそれに見合った能力もなかった上,控訴人の業務をほとんど行わずに控訴人に多大な損害を与えた。のみならず,被控訴人は,在職期間中,勤務実態に即さないタイムカード等の記録等を残して本件請求に及んだ。したがって,被控訴人の本件請求は,権利の濫用ないし信義則に違反する。

(5) 争点6について

ア 付加金については,使用者による労基法違反の程度・態様,労働者の不利益の性質・内容等諸般の事情を考慮して支払義務の存否及び額を決定すべきである。

イ 本件において,被控訴人は,勤務実態に即さないタイムカード等の記録等を残して本件請求に及んでおり,被控訴人の不利益を考慮する必要はない。

ウ 控訴人は,被控訴人が管理監督者であることを前提としていたものの,代替手当として残業代相当額を支払っていたから,控訴人の労基法違反の程度は極めて低く,態様の悪質性も僅少である。

エ したがって,本件においては付加金は発生すべきではないし,発生するとしても314万7797円は過大である。

第3 争点に対する判断

当裁判所は,被控訴人の時間外手当請求は,原判決認容の限度で理由があるが,付加金請求は,312万5102円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は,次のとおり原判決を補正し,控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」中,第3の1~6に記載のとおりである(なお,原判決が被控訴人の慰謝料請求を棄却した部分は,被控訴人から不服申立てがないので,当審における審判の対象ではない。)。

1 原判決の補正

(1) 原判決19頁4行目,同20頁1~2行目及び9行目の「法廷時間外労働」を,いずれも「法定時間外労働」と改める。

(2) 同19頁18行目の「されている」の次に「(甲14)」を加える。

(3) 同22頁3~8行目を削除する。

(4) 同25頁7行目及び24行目の「別紙3」を,いずれも「原判決別紙4」と改める。

(5) 同26頁19行目の「本件において」を「原審及び当審において」と改める。

(6) 同26頁22行目の「314万7797円(平成20年2月25日支払分以降のもの)」を「平成20年1月(同年2月25日支払)以降分の312万5102円」と改める。

2 控訴人の当審における主張に対する判断

(1) 控訴人の主張(1)(争点1(その1))について

控訴人は,被控訴人の平成19年9月1日から同年12月31日までの労働時間について,被控訴人の勤怠記録及びタイムカードが存在しないのであるから,始業時刻が10時,終業時刻が22時30分と推定することはできない旨主張する。

しかし,証拠(乙18)によれば,控訴人は,上記期間のアルバイト店員の出退勤時刻を把握していることが認められる。そうすると,控訴人が被控訴人の上記期間の出退勤時刻を把握していないとは考えられないところ,控訴人が被控訴人の上記期間の出退勤時間を証拠として提出しない以上,被控訴人の出退勤時刻について,引用した原判決第3の1(1)のとおり認定するのが相当である。

したがって,争点1(その1)に関する控訴人の主張(1)は採用できない。

(2) 控訴人の主張(2)(争点1(その2))について

ア 控訴人店舗の営業時間は,昼が午前11時から午後3時まで,夜が午後5時から午後11時までである(甲77)。

イ 控訴人は,控訴人店舗の開店準備は,1人で30分程度で十分終了するから,開店時刻まで30分を超える時間は労働時間とはいえない旨主張する。

そこで,検討するに,まず,証拠(甲77)によれば,開店準備の業務は,客席の掃き掃除,各テーブルの拭き上げ,醤油・灰皿・爪楊枝のセット,座敷の掃除機・モップかけ,トイレ掃除,備品セット,鍋の出汁準備及びセット,店頭のディスプレイの準備(看板,日替定食の展示等),レジ開局(銀行にて釣銭両替),納品された食材の整理,予約確認,昼の定食の漬物・ドリンク等の仕込み,電話応対,予約確認等であることが認められる。そして,証拠(乙18)及び弁論の全趣旨によれば,在籍期間を通じて,一部の月を除いたほぼ毎月の数日間,アルバイト店員の少なくとも1名が午前10時前に出勤していたこと及びアルバイト店員が午前10時前に出勤した時間についても控訴人からアルバイト代が支払われていたことが認められるが,控訴人(被控訴人より上位の職であるエリアマネージャー(甲77)や①期間及び③期間の被控訴人以外の店長を含めて)において,毎朝の出勤時刻を午前10時30分以降にするように従業員に指示したことを認めるに足りる証拠はない。

以上検討の結果によれば,開店準備の業務が1人で30分程度で十分であったとはいえないし,開店時刻まで30分を超える時間について労働時間ではなかったということもできない。

ウ 控訴人は,①期間につき,平成19年12月までの正午から午後1時までのうちの30分間と午後7時から午後9時までの間の60分を除き,被控訴人は在籍期間を通じて業務をほぼ行っていなかったから,上記除外した期間・時間以外は労働時間とはいえない旨主張する。

しかし,まず,控訴人店舗の営業時間中(閉店前を除く。)は,たとえ客がいないため,控訴人店舗の従業員が接客等に従事していなかったとしても,この時間帯は,被控訴人を含む控訴人の従業員が控訴人店舗において控訴人の指揮監督下にあった時間帯であり(客がいなければ,全従業員が店舗を離れて外出することも自由であったことを認めるに足りる証拠はない。),この時間帯を労働時間から除外することはできない。

次に,控訴人の主張するとおり,被控訴人が上記除外した期間・時間以外には業務をほぼ行っていなかったのであれば,そもそも被控訴人をS店の店長に昇格させたことと整合性がない上,控訴人(上記のとおり,エリアマネージャーや①期間及び③期間の被控訴人以外の店長を含む。)が被控訴人を少なくとも注意・叱責するとか,場合によっては解雇ないし退職勧告する等の相応の措置を講ずるはずであるが,そのようなことがなされたことを認めるに足りる証拠はない。そして,控訴人の主張によっても,被控訴人が控訴人店舗から外出して職場放棄をしていたというものではない以上,被控訴人は,出勤時刻から退勤時刻まで(ただし,午後3時から午後5時までの休憩時間を除く。),控訴人店舗において控訴人の指揮監督下にあったと認められ,上記時間帯を労働時間から除外することはできない。

エ 控訴人は,午後9時以降は,客数も減少していたため,午後10時のラストオーダーの時点で客がいなければ,その時点でレジを閉めて,閉店準備を行い,午後11時の終業時刻を待たずに店を閉めており,控訴人のアルバイト従業員がタイムカードを打刻した時刻が店舗全体の終業時刻である旨主張する。

確かに,証拠(甲4~31,乙9,18)によれば,控訴人店舗では,午後9時以降の客がいなかったか少なかったために,午後11時の終業時刻までに被控訴人及びアルバイト従業員を含む全従業員が退勤している日が多数あることが認められるので,そのような日は,控訴人店舗が午後11時まで営業していたということはできない。しかし,証拠(甲4~31,乙18)によれば,被控訴人の退勤時刻に関する勤怠記録及びタイムカードの記録と控訴人のアルバイト従業員の退勤時刻に関するタイムカードの記録とを比較すると,被控訴人の退勤時刻は,アルバイト従業員全員の退勤時刻より遅い時刻のときもあるが,アルバイト従業員全員の退勤時刻よりも早いときやアルバイト従業員の最後の退勤時刻と同じかほぼ同じ時刻もあることが認められ,同事実に照らせば,アルバイト従業員が最後に退勤した時刻をもって,控訴人店舗の営業の終業時刻であり,それ以後の被控訴人の退勤時刻までは控訴人店舗の終業時刻ではなかったと推認することはできない。

オ 控訴人は,被控訴人がコーラを極めて大量に飲んでいた時間(少なくとも1日30分程度)は休憩時間である旨主張する。

しかし,控訴人は,被控訴人がコーラを飲んでいた量や時間を裏付ける具体的・客観的な証拠を提出していない上,そもそもコーラを飲んでいたということだけをもって,直ちに休憩時間であるということはできない。

カ 以上のとおり,争点1(その2)に関する控訴人の主張(2)は,いずれも採用できない。

(3) 控訴人の主張(3)(争点2)について

ア 被控訴人の人事権等について

控訴人は,被控訴人が人事上の権限を有していた旨主張する。

証拠(証人O)によれば,店舗の売上高に対して人件費は基本的に30パーセント以内に収めるべきであるが,S店においてアルバイトの人件費は売上高の約50パーセントになっていたことが認められる。しかし,引用した原判決で認定したその余の事実に照らせば,上記事実をもってS店の店長であった被控訴人が労基法41条2号にいう控訴人の管理監督者といえるような人事上の権限や予算の決定権限を有していたとまで認めることはできない。

イ 店長会議について

控訴人は,被控訴人が控訴人の店長会議に出席することによって控訴人の経営に参画していた旨主張する。

引用した原判決認定のとおり,控訴人飲食事業部では,原則として月1回,店長会議が開催されており,前月の売上げや販売促進活動並びにその結果や反省点,次月の目標等を発表することになっていたが,上記事実は,控訴人が店長会議において各店舗の実態を把握したり,控訴人の各店長間において情報交換が行われることに寄与しているといえるものの,同事実をもってS店の店長であった被控訴人が控訴人飲食事業部の経営方針等の決定まで関与していたと認めることはできない。

ウ 被控訴人の賃金について

控訴人は,被控訴人の管理監督者としての賃金は,他の従業員の賃金との相対的な検討が必要である旨主張する。

しかし,控訴人は,被控訴人の賃金と比較すべき他の従業員の賃金について何ら立証していないから,控訴人の上記主張を採用することはできない。

エ したがって,争点2に関する控訴人の主張(3)は採用できない。

(4) 控訴人の主張(4)(争点5)について

控訴人は,被控訴人が実際に店長として見合った能力がなかった上,控訴人の業務をほとんど行わず,在職期間中,勤務実態に即さないタイムカード等の記録等を残して本件請求をした旨主張する。

しかし,被控訴人がS店店長に昇格し,その後,N店の社員に降格になった点については,仮に被控訴人に店長としての能力に欠ける点があったとしても,被控訴人をS店店長に昇格させたこと及びN店の社員に降格させたことは控訴人の判断であり,このことによって被控訴人が労基法37条に基づき時間外手当の請求をすることが権利の濫用ないし信義則違反となるものではない。また,被控訴人が控訴人の業務をほとんど行わなかったという点や在職期間中,勤務実態に即さないタイムカード等の記録等を残したという点については,前記認定・判断のとおり,これを認めることはできない。

したがって,争点5に関する控訴人の主張(4)は採用できない。

(5) 控訴人の主張(5)(争点6)について

ア 控訴人は,被控訴人が勤務実態に即さないタイムカード等の記録等を残して本件請求に及んでいると主張するが,前記認定・判断のとおり,これを認めることはできない。

イ 控訴人は,被控訴人に代替手当として残業代相当額を支払っていたことから,控訴人の労基法違反の程度は極めて低く,態様の悪質性も僅少である旨主張する。

被控訴人が支払を求めている付加金は,平成20年IE(同年2月25日支払)以降分である。そして,前提事実のとおり,被控訴人は,平成20年1月から同年10月まで毎月代替手当として各3万円,同年11月から平成21年10月まで毎月代替手当として各4万円の賃金(合計78万円)の支払を受けているが,上記代替手当が時間外手当相当額であることは被控訴人の自認するところである。しかし,引用した原判決認定の上記期間の毎月の時間外手当未払額は,いずれも毎月の代替手当の約2倍から約6倍に及んでおり,合計の時間外手当未払額も312万5102円と多額である上,代替手当総額の約4倍に及んでいる。そうすると,控訴人が被控訴人に時間外手当を支払っていないことについては,控訴人が代替手当を被控訴人に支払っていたことを考慮しても,これが控訴人の重大な労基法違反行為であるとして,労基法114条に基づき,控訴人に対し,時間外手当未払額と同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。

ウ したがって,前記1(6)で補正した付加金の額の点を除き,争点6に関する控訴人の主張(5)は採用できない。

第4 結論

よって,被控訴人の時間外手当の請求は,336万7946円及びこれに対する平成21年11月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,付加金の請求は,312万5102円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるところ,付加金の請求に関して,これと一部異なる原判決主文第2項を変更し,その余の請求に関する原判決は相当であるから,その余の控訴を棄却し,訴訟費用の負担について,民事訴訟法67条2項,64条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

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Last Updated :2018-10-04  Copyright © 2013 Shintaro Suzuki Scrivener of Law. All Rights Reserved.