就業規則の閲覧・入手

質問

 わたしはこの会社にはいったときに、『その他は就業規則の定めによる』という条項がある労働契約書を渡されました。

 でもその就業規則をみたことがありません。他の従業員たちも、そんなものはみたことがないといいます。どうしたらいいのでしょう?

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建前

  そもそも就業規則とはどんなものでしょう?
使用者は時に多数の労働者を雇って事業を行います。その、多数の労働者に個々の契約書で規定を示すまでもなく、画一的に条件をきめて労働契約を締結したり、職場内の秩序を維持したり(その秩序に従うことを、労働契約の内容にする、と言ってもいいでしょう)するために、すべての労働者に対して、あるいは適用される労働者の範囲をきめて、規則をさだめることができます。これが広い意味での就業規則になります。就業規則という語を用いているか否かは関係ありません。

 労基法が使用者に対して、労働者への制裁の制度を設ける場合には、就業規則に明記すべきことを要求している(法89条1項9号)のも、以上の趣旨によるものと考えられます。契約書に労働者ごとに個々に制裁の条件を定めていたら、使用者も労働者もわけがわからなくなりかねません。

このように重要な就業規則については、労働者保護のために種々の法規制が行われています。労基法は、就業規則の作成・改正手続きに関して、必要記載事項を定め(法89条)、事業場の過半数代表者からの意見を聴き、その結果を書面にし届け出る就業規則に添付させ(法90条)、所轄労働基準監督署長宛ての届出や(法89条)、就業規則の労働者への周知(法106条「命令で定める方法」によって、労働者に周知)を義務づけています。

こうした規制をへて適法に制定された就業規則には、特別な効力が認められています。

第一に、労働条件の最低限を規制する効力です(労基法93条)就業規則の条件を下回る労働契約は、その部分が無効になります。

第二が、判例によって認められている、労働者を拘束する効力です。先に述べたように、適法な就業規則の規定は、個別の労働契約の条項とならんで労働者が守らなければなりません。

第三に、裁判例が多々蓄積されている労働条件不利益変更の効力です。個別に労働契約書を書き換えなくても就業規則の規定を変更して一斉に労働条件を切り下げてしまう、ということは場合によっては可能です。ただし、賃金水準の引き下げについては労働者の個別の同意を要することがほとんどです。

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本音 見られないと騒ぎ立てず、粛々と対策しましょう

 ある程度労働基準法に目を通した人がたまにやるのですが、会社に就業規則の作成・備置義務があると気づいた途端にこの義務に会社が違反しているのを発見したと鬼の首を取ったように喜ぶ相談者に遭うことがあります。

 腹の中では笑ってしまいますね。そういう人には。

 大体そうした人は、解雇なりサービス残業なりセクハラパワハラでの損害を争うために相談に訪れているのであって、就業規則の存在が決定打になってこちらが一気に有利になることはあまりないのです。つまり相談の段階で就業規則がないないないと騒ぎ立てることには、さしたる意味はありません。なにが大事なのかが理解できないまま、個々の問題点をつついても無駄に時間がかかるだけです。

 労働相談の段階で就業規則が確認できることに大きな意味があるとすれば、使用者側が労働者に対して時間外労働割増賃金の支払義務を免れるような諸制度(フレックスタイム制・裁量労働制・みなし労働時間制など)を導入しているかどうかぐらいでしょうか。それでさえ、働き方の実情をよく聞き取って実際の働き方がそうした諸制度を無効にするだけのものだと確認できれば、それは名目上導入されているが無効だと考えて提訴してしまえばよいだけのことです。そうすれば相手の方から証拠として提出されてくるでしょう。

  理想的には、提訴前に就業規則記載の休日や所定労働時間が確認できることで月給制の労働契約における所定労働時間1時間あたりの賃金を適切に算定できる、ということもあります。これとて就業規則が確認できなくても、週40時間の上限を労働基準法が定めている以上、提訴の際には一応それに沿って計算しておいて就業規則が使用者側から提出され次第計算をやり直して請求を拡張すればよいというだけのことです。

 労働時間や休日、割増賃金に関しては労働基準法が上限を定めている以上、就業規則が手にいれられなくても労働基準法に沿って条件を仮定して請求をかけておけばよいのです。懲戒あるいは解雇については就業規則の規定にしたがっておこなう必要があるため、従業員に開示していない就業規則の規定によって懲戒等をおこなった場合にその正当性をどう争うかは問題になりますが、この場合に限っては根拠規定を示すよう強硬に求めてみて実際に開示がなされない場合、そうした就業規則あるいは規定がないと考えて対抗していくのがよいでしょう。または、懲戒等の内容があまりにも過激、あるいは不適当なものである場合には、就業規則に規定があるか否かに関わらず直ちに無効だと考えて法的措置をとることもあります。

 こうした場合には、「労働者としては就業規則を見せるようもとめたが、使用者側はそれに応じなかった」ということを録音なり内容証明郵便の送付なりで証拠として確保しておくことをお勧めします。

 それだけやっても見せてもらえないというのであれば、あとは裁判手続きに着手しないかぎり使用者側から就業規則が開示されることはありません。ごくまれに、上記で触れたようなタイプの労働者が何回も会社に内容証明を出してしつこく就業規則の開示を求めているのを見ますが、お金の無駄です。
 就業規則は本来労働基準監督署に提出されており、これを見せてもらいないかと尋ねられることもあります。これは順当な着眼点ですが、労働基準監督署ごとに全然対応が違うためなんとも言えません。兵庫県下の某労基署では開示と書き写しに協力してもらえた一方、東京都下の某労基署では就業規則が提出されているのか調べてさえもらえなかったとお客さまから聞いています。

福祉・運輸など業種によっては監督官庁に就業規則を提出していることがあるため、情報公開制度をつかって開示をもとめる、というのは常に検討すべき選択肢です。これを用いる場合にはその勤務先で取っている許認可の研究が必須です。しかし、提出されているかどうかは許認可の制度を研究すればわかるので、就業規則が入手できるかどうか、できるとすればどの役所からなのか、も確定します。

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Last Updated :2018-10-04  Copyright © 2013 Shintaro Suzuki Scrivener of Law. All Rights Reserved.