守秘義務とその範囲

質問

わたしはコンピュータソフト作成の会社で働いています。入社のときに、会社の書類を社外にもちだしたり内容を公開しないという誓約書に署名させられました。

このたび残業代請求訴訟を起こすときめたのですが、社内のLANで閲覧できる就業規則や労働時間のデータを持ち出したり、弁護士や司法書士に見せたりしていいのでしょうか?

ページトップへ戻る

建前

ブログやツイッターで、有名人の来訪について触れた接客従業員が問題になることが時々ありますね。ある人が従業員として職場で働いて知ったことは、常識的にも軽々しく公開してよいものではありませんし、使用者や顧客の利益を守るためにも秘密を守る義務はある、と考えなければなりません。

不正競争防止法第2条は、「その営業秘密を示された場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で」営業秘密を使用・開示する行為等を不正競争と定めています。これは退職後独立開業した労働者にも適用がありますので、明示的な約束がなくても退職後に元の勤務先の顧客データを利用して営業をかけたりしてはいけない、ということになります。

ここで営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」をいい、秘密管理性、有用性、非公知性がその要件となっています(同法2条6項)。ですから、たとえば一般的な技術(美容師さんのカットの技術や、タクシー運転手の道順の覚え方、そのほか、外部に参考資料が存在している情報すべて)は秘密とはいえないでしょう。

保持するべき秘密があった場合には、労働者に対して「労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときには、公序良俗に反しない」とされています(ダイオーズサービシーズ事件・東京地判平14.8.30)。

逆に、保持するべき秘密を守らずに悪用したり過失で漏洩した場合は、不法行為や労働契約上の債務不履行として損害賠償を請求したり、懲戒を加えることは可能です。

ページトップへ戻る

本音 なんでもかんでもヒミツにできるわけではありませんが、要注意です

 先頃傍聴にでかけた労働訴訟で、こんな社長をみかけました。就業規則のコピーをだまって持ち出した労働者に対して

「そんな重要書類をだまって持ち出すのがそもそもおかしい」

傍聴席で思わず笑いをこらえましたが、これはなかなか傑作です。裁判官の前でこれだけ非常識なことが言える奴にはたまにしかお目にかかれません。

 実際のところ中小零細企業で働く人からこの問題で相談を受ける場合には、守秘義務と言っても使用者が単に労働紛争で有利な立場に立つために訳もわからず社外への情報や資料の流出を制限しているにすぎない場合がほとんどです。

 たとえば前項の説明ででてきた就業規則、あるいは業務日報、果てはタイムカードなど、開示はするがコピーは許さない、なぜなら労働者には守秘義務があるからだ、という主張が使用者側から出てくることは珍しくありません。そして、それらを一々守っている状態で給料未払いが発生したときに問題が生じます。使用者側が主張する守秘義務を守ってそうした書類を証拠として提出することの是非はどうなのでしょう?

 答えは余りにも明らかです。就業規則やタイムカードに、一体なんの秘密が隠されているというのでしょう。相談にきた労働者にあえて厳しい言い方をすると、そんな下らない守秘義務を守って粛々と敗訴したいんでしょうか?

 使用者は労働者に対して、既に賃金不払いという契約上の義務違反をしているわけだから、労働者ばかりが名目上の義務を遵守する必要などありません。少なくとも就業時間や労働条件が記載されている書類については、労働契約上の守秘義務を根拠として開示を拒むことはできないし、それを無視して訴訟で証拠提出しても、使用者側からそれをとがめられたことはありません。

ただし、実際持ち出した労働者に対して弁護士が会社側代理人について返還を求めてきた、ということは東証一部上場企業でもあります。

訴訟にならない段階で、顧客(名簿、という情報)を盗んで退職し、独立開業後に顧客を奪った、というような争いは一般的にありますが、実際のところそうして秘密保持義務に違反したことを使用者側が立証できるかと問われたら、それは極めて困難です。せいぜいが弁護士を代理人にして内容証明を出して脅かしてくる程度ですが、これまた東証一部上場クラスの大企業でも、元労働者にそうした要求を出すのを見たことがあります。

 もちろん、中小零細企業においても事業として高度な技術をもっている、あるいは創造性の高い業務を扱っていることがあります。そうした企業で重要な情報を扱い、あるいは専門性の高い業務に従事していたり、クライアントの個人情報などに触れる業務についている人が労働紛争にまきこまれた場合には、これらの情報が記載されているような書類については扱いに注意が必要です。

 こうしたものについては、訴訟においても開示すべきでない情報部分を塗りつぶしたりぼかしを入れたりしてから書証として提出するよう指示することがありますし、そうした資料があるが片っ端から複写して持ち出しておくべきかと問われたら自粛するよう促さざるを得ません。また、訴訟が進むにつれて就労の状況を説明しなければならないようなときにも、守秘義務に触れないように慎重な事情聴取が必要だと考えます。

 ただし、守秘義務を巡る会社の主張は大抵の場合、単なるいいがかりか本当に警戒すべきものかはすぐわかるので、言いがかりだと断定できれば思い切って無視しても安心できることがほとんどです。一方で本当に秘密を保持することを要する情報を持っている場合には、それを証拠として提出しないこともあります。これは仕方がありません。

ページトップへ戻る
Last Updated :2018-10-04  Copyright © 2013 Shintaro Suzuki Scrivener of Law. All Rights Reserved.