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7.その他の書証と集め方

  解雇予告手当請求に際して、労働者側代理人に着任したうえで使用者に退職証明書を出せ、などと漫然と言うのは軽率である。
 後日の訴訟に備えて、対策されるに決まっている。

 証拠保全の申立をおこなう考え方はあるが、目的の書類が保全の対象とした事業所以外の場所に保管されていれば一巻の終わりである。
※過去のタイムカードを社長がどこに保管しても違法ではない。診療録とは違う。

 ここでは主に、使用者に発覚しない・使用者が妨害できない方法で収集できる証拠についてその存在と収集方法を説明する。

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7.1.書証の存在

これまで述べたほか、制度上は以下のような書類が企業内外に存在する。
特に企業外で手に入れられるものは重要。使用者の妨害を排して入手できるため。
項目の()は、捺印の有無である。

7.1.1.就業規則・賃金規程(場合により、表紙に労基署の日付印)

 常時10人を超える労働者を使用する使用者に作成・届出義務がある。絶対的記載事項について、労基法89条。
 これらの規定が欠けた就業規則は労基署への届出の段階で受理されない可能性が高いため、使用者側からそうした就業規則を後出しされた場合は有効に作成されたものではない可能性を疑う。届け出に際して過半数労働者の意見書添付は義務であるが(労基法90条)効力発生要件ではない。

 就業規則中に賃金に関する規定を置くことも、別規定であることもある
 一部の属性の労働者(正社員・パートなど)のみに適用する規定も設置できる
 従業員規則・給与規程など、参考書に出てくる言葉ではないが実質的に就業規則になる規定もある
※相談時の書類確認・説明に注意する。

就業規則は従業員に対し統一的に適用されることを目的とし、使用者側で定める規程
 ↓
従業員に周知していることが規定の効力を決める(労契法7条)ため、単に書類を死蔵していただけでは有効たりえない。
 周知したことの立証責任がどちらにあるのか、決定的な裁判例はまだない
 原則としては掲示・交付・PCでの閲覧などで労働者がいつでもみられるようにしておくべきだが、中小零細企業では非現実的。

 あまりに周知を欠いているので、社長が隠していた昔の就業規則・退職金規程にたまたま有利な規定がみつかった場合、労働者側でそれによって権利主張していいか悩んでしまう。

効力の優劣(労基法92・93条)
労基法>(労働協約)>就業規則>個別の労働契約
 労働協約は労働組合対会社で作成するもの=中小企業ではあまりない。
個別の労働契約の内容が就業規則より不利な場合、個別の労働契約の該当部分が無効
就業規則の内容が労基法より不利な場合、就業規則の該当部分が無効
就業規則で労基法より有利な条項を設けてある場合は、就業規則所定の条件による。
規定の存在について、立証責任は労働者側にある
※就業規則所定の労働時間や休日、時間外労働に対する割増率などが個別の契約・労基法より、一部だけ有利なことがある。

【重要】
 労働側では、就業規則に労基法より不利なことが書いてある場合は無視(無効主張)してしまえばよい。
 就業規則が発見できなくても、労働時間・割増賃金は労基法の定めによって計算できると考えること。

 このことから就業規則が周知されていない場合、積極的に就業規則を探索することにこだわらなくてもよいが、業種によっては許認可を得るための添付書類になるため情報公開請求によっても入手可。
 労基署で就業規則を閲覧できるとする参考書があるが、各署で扱いが異なる。 概して大規模庁で非協力的。

就業規則が発見できないことで、不利になる場合
 賃金の中に毎月定額の残業代を含んで払っている可能性がある場合、その旨の規定の不存在を確認するか規定が周知されていないことを慎重に立証準備する必要がある。この場合には、規定の存在と有効性が訴訟の勝敗に直結するため。
 同様に変形労働時間制など労働時間制度の例外規定の有無も就業規則から確認しておきたいが、これについては勤務の実情や労使協定の締結状況から規定の有効性が推測できることが多い。
 これら以外の点で、就業規則が使用者側から後出しされて労働者側に大きく不利になることはあまりない。

就業規則の条文や制定日付を後から捏造する、という使用者も当然いる。
妙な条文が追加されたものが使用者から後出しされた場合、事業所内の協力者や情報公開請求などの別ルートでの入手を考えておく。

7.1.2.雇用保険被保険者離職票(公印)

 緑色のA3番の紙とピンク色の細長い紙の二枚をまとめて言う。
 離職理由などの記載事項に関心があるのは前者である。
 退職後にこれを交付しないのは使用者側による嫌がらせの定番。もはや日常の光景。
※労働者の退職後10日以内に交付する義務も罰則もあるが、だれも気になどしない。

 離職票が交付される場合、被保険者資格喪失確認通知書(裁判実務ハンドブック24P 日司連)は同時に交付されている。記載内容も離職票のほうが充実しているため、考慮不要。

読み取れる情報
・被保険者資格の取得日・喪失日
・退職前6ヶ月間の各月の賃金額・賃金支払いの基礎となった日数
・会社主張の離職理由
いずれも、必ずしも事実と一致するわけではないことに注意。

立証できる事実(カッコ内は、想定する請求)
・労働契約の締結
・各賃金計算期間の賃金総額(賃金・平均賃金)
・労働契約終了の日(解雇予告手当)
・解雇の意思表示(解雇予告手当・地位確認)
・就労日数(賃金)

7.1.3.雇用保険被保険者資格照介回答票

雇用保険被保険者資格取得・喪失確認通知書と違い、職安で請求の都度入手できる。公印はない。
本票を入手するのが主目的になることはなく、雇用保険の手続きが適切になされていないことへの対抗措置の準備で取得することが多い。

読み取れる情報
・雇用保険被保険者資格取得届の提出がなされたか否か・届け出がある場合、被保険者資格取得の日
・同 資格喪失の届出がなされたか否か・被保険者資格喪失の日

立証できる事実
・労働契約の締結
・労働契約終了の日(解雇予告手当)

7.1.4.雇用保険受給資格者証(公印)

 離職票が発行されたあと、労働者がそれを職安に提出し雇用保険失業給付を受給し始めた際に発行される書類。
これを持っている場合、離職票は職安に提出済み。必要なら職安で離職票のコピーを貰ってくるよう指導する。

読み取れる情報
・雇用保険被保険者資格取得の日
・雇用保険被保険者資格喪失の日
・離職理由

立証できる事実
・労働契約の締結
・労働契約終了の日(解雇予告手当)

7.1.5.その他、雇用保険制度に基づく入手可能書類

 労働者側で雇用保険法に基づく審査請求後、雇用保険審査官から使用者側の見解を記載した文書・資格の取得や喪失に関して使用者側が提出した疎明書類の写しを得ることができる。

例:離職票・退職届・使用者作成の、退職の経緯に関する報告文書など

 これらの書類は使用者によって変造されている場合も当然ある。

7.1.6.健康保険証(公印)

労働契約書等がない場合に労働契約の成立を立証できる、一番手に入りやすい書証

・読み取れる情報
 被保険者資格取得の日

立証できる事実
・労働契約の締結

7.1.7.厚生年金被保険者記録照会回答票

年金事務所で随時入手できるが、公印はない。

読み取れる情報
・被保険者資格取得の日
・被保険者資格喪失の日
・標準報酬月額

立証できる事実
・労働契約の締結
・労働契約終了の日(ただし、利用を推奨しない)
・だいたいの賃金額とその推移(標準報酬月額によるため、正確ではない)

社会保険は労働者が月末まで在職=被保険者だった場合、一ヶ月分の保険料納付義務が発生する。退職日が月末だった場合、これを偽って保険料を納付しない使用者がいるため、本票ほか社会保険関連の記録で労働契約終了日を立証することは推奨しない。

余談
 社労士はこれを支給漏れ年金の探索の端緒とする。
 司法書士兼社労士で成年後見人を務めている知人が、これを使って被後見人の支給漏れ年金を発見したことがある。

7.1.8.求人票・求人広告 求人票

 職安で保存されるのは、直近の求人にかかる求人公開カードのみ。
 職安で頼むと見せてもらえることがある。

読み取れる情報
・事業所の人数
・所定労働時間および休日
・所定内賃金額
・時間外労働の有無・月平均時間外労働時間数
・社会保険制度や退職金制度の適用

求人広告
 過去の求人情報誌の写しを発行者から入手することは不可能。
 並行して新聞に広告を出していないか図書館で探索する。
 販売される雑誌形式の求人情報誌は、国会図書館に所蔵されていることがある。複写可。

これらは直接、労働条件を立証するものではない。
採用当時の条件を推測させる手がかりにはなるため、判決の理由で論じられることもある。

7.1.9.各種労使協定書

 『労使協定の締結』を有効要件とする制度について判断するとき重要になるが、写しを労働者が持っていることは少ない。
 見やすい場所への掲示等により周知する建前(労基法106条)があるので、事業所内に協力者がいれば探索・撮影してもらう。

書面による労使協定の存在が効力要件になるもの
 フレックスタイム制
 一年単位の変形労働時間制
 裁量労働制(労使委員会を置かない場合)

労使協定締結の方法(労組がない場合)
 過半数労働者の代表者の選任
 (代表者は使用者側が介入・指名しないこと)
 ↓
 代表者と使用者との合意(就業規則の届出については、過半数代表者の意見が不同意でも可)
 ↓
 協定書作成

残業代請求で、三六協定(労基法36条の協定)の存否を気にする労働者がいるが、無視してよい。
この協定の有無は残業代請求の成否にいっさい関係ない。

7.1.10.サーバーに蓄積されている、PC利用の記録

社内のLANを管理できる技術担当者がいる中規模以上の会社~小規模でもコンピュータ関係の会社における残業代請求事案で、使用者から提出されることがある。労働時間数・勤務態度・秘密漏示義務を争うため。

読み取れる情報(事案により大幅に異なる)
・PCの固有の番号またはオペレータのID番号
・起動・終了(ログイン・ログアウト)の記録と時刻
・社内LANへのアクセス先IPアドレスと時刻
・起動中のエラー・印刷・ソフトウェアインストール等のイベント発生時刻
・社外(インターネット)へのアクセス先URLおよび時刻

使用者側からみた、立証活動の方向性
・PCが稼働していない=労働者が事業場内に存在しない・業務に従事していない
・社内LANへのアクセス状況=秘密の漏洩
・インターネットへのアクセス状況=勤務態度が悪い・業務に従事していない
 (私用でのネット利用)

 これらが労働者側の請求を阻止するのに決定的な役割を果たした例はないが、場合により労働者の誠実さや労働時間数の立証の信憑性を損ねる効果がある。
 労働者側の相談でこうした資料の断片を持ち込まれた場合には、さらに上記のような情報が提出される可能性にも注意する。

7.1.11.社内のPCで授受した、電子メールの写し

退職直前にPCの利用を禁止され、証拠が取れなくなる可能性に注意

印刷・画面撮影できる場合、メールヘッダを表示させたものを調達するよう指導する。
単に送受信者・日時・内容が印刷されただけの紙文書では、信憑性が不明なため。

メールヘッダ記載の情報中、そのメールが経由したプロバイダ・メールサーバのアドレスが特に重要である(Received:from~以下に記載)。

中小規模の会社でも独自のドメインを保有していることがある。そのドメインを経由して送受されたメールであることがメールヘッダから読み取れるなら、少なくとも社内LANに従属するPCと外部とのあいだで送受されたメールである可能性が高い。
※遠隔操作やVPNの活用ができるため、絶対確実とはいえない。

電子メールはその性質上、印影や筆跡で成立の真正を証明できない。 相手方から争われた場合、上記のような論理で丁寧に裁判所への説得をこころみるしかない。

7.1.12.このほか、業種に応じて存在するもの

このほかにも、労働者の就労の実情を詳しく聞き取って
・改ざんが難しく(他の書類と関連する・専用機器で記録する・第三者が保管する)
・法的な備置義務があって(義務がない書類より、保存してある可能性は大きい)
・労働者の活動と関連する

上記のような要素をもつ書類があるか丹念に検討する。

タコグラフ
 道路運送車両法では、運行記録計。過去1年分の保存義務がある。
 積載量5トン以上のトラック・トレーラー・バス・タクシーで記録義務あり。24時間を一枚とする紙に速度・時間が記録されるほか、デジタル形式のものが普及している。USBメモリ等で記録をやりとりするが、専用の端末やソフトウェアでデータを閲覧・印刷する必要があるため秘密に入手するのは困難。

レシートの控えのロール紙(レジロールまたはジャーナル)
 店舗従業員の賃金・残業代請求事案で、レジ担当者名と操作時刻が表示されている場合に注目する。
 長いロール紙で保存されている場合、特に改ざんが難しいといえる。電子データのかたちで保管している場合もある。
 会社の帳簿に類するものとして、税法上の保管義務(7年)があると考えられている。

建設業における新規入場者教育等の記録ほか、他業者への入構記録
 『元方事業者は、関係請負人に対し、その労働者のうち、新たに作業を行うこととなった者に対する新規入場者教育の適切な実施に必要な場所、資料の提供等の援助を行うとともに、当該教育の実施状況について報告させ、これを把握しておくこと。』(元方事業者による建設現場安全管理指針について 平成7年4月21日 基発第267号の2)
 重層的な下請け構造をとる建築現場で、元請けの事業者に下請けの新人労働者に対する教育の状況を把握するよう求めた通達。必ずしも個人名を把握させるものではないが、管理のしっかりした建設会社では個人名での記録を持っている。

 その下請けにいい加減な会社が入って労働者の存在すら認めていないようなとき、こうした記録類の開示を求める・その可能性を通告して事態の打開をはかることがある。
 入構管理が充実している取引先をもつ営業員・派遣での工場作業者でも、同じような記録保存の可能性を探れる。
 ※下請けのメンツが潰れる可能性に期待する行動でもあるから、慎重を要する。

7.1.13.アンケートの作成

証拠がなければ作ってしまえ、という発想。
社長が悪辣で、人望ある労働者がそれに抗して闘っている事案で企画可。

 通常の陳述書とちがい、裁判手続利用中の労働者を多数の在職労働者が支援する場合になるべく多くの労働者から協力を得てアンケートをおこない、各人の回答結果を書証として提出してしまうことを検討する。
 設問・方法は各事案に応じて工夫するが、回答者の記名があること・回答しやすい設問とその量であることは必須。

 その結果がどれだけ気に入らないものであっても、使用者側でだれか一人の回答者に的をしぼって意趣返しをすることが難しい。
 労働時間管理の実情を明らかにしたいときや、被解雇事案で労働者の勤務態度を説明したいとき特に適する。

 逆に、相談者の言動に疑問を感じたときにもあえてこの提案をおこなう。
 言下に拒否されるような場合、相談者に問題があって職場内で孤立していた可能性にも留意する。

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7.2.録音・反訳書作成

 相手が警戒していない場合には極めて有効。
 スマートフォンなど電子機器の発達に伴い、大抵の人はすでに録音機材を保有しており、新たな機材購入の必要はほとんどない。

 弁護士・司法書士による代理人としての交渉開始・労基署への申告等、相手方が警戒態勢に入る前に、まず実施を検討するべき(特に、書証が貧弱な場合)

【重要】
 録音前に使用機材・想定環境下で必ず演習を実施させる。録音品質の確認のため。
 録音内容を指示できる場合、なるべく録音時期・会話の対象者を会話内に盛り込むよう推奨すること。編集可能性を排除するよう、録音中にわざと音楽や鼻歌を挿入させることもある。

 録音した内容は録音者自身において、速やかに反訳させる。
 逐語訳形式で反訳書を作成する場合、未経験者は録音時間の約10倍程度の作業時間を要する。
※司法書士事務所側で安易に反訳書作成を受託すべきでない。
 泣きたくなるほど苦労する。

【超重要】
 特に使用者側での相談・方針策定にあっては、やりとりの内容がすでに録音されている可能性を考慮して事情聴取に努める必要がある。
 労働者側主張の事実関係を安易に否認したあとで、録音内容を出されると致命的打撃をこうむる。

参考:NHK クローズアップ現代「広がる”秘密録音”社会」
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3305.html
ウェブサイトで内容閲覧・NHKオンデマンドで再視聴可

 今後の技術的課題として、録音したい相手の音声・発話をまるごと偽造できる可能性に注意を要する
 架空の人の声を作り出す(例:歌わせる)だけなら、すでに民生用のコンピュータソフトウェアは普及している

7.2.1.講師より一言(世の中そんなとこまで来てしまったのか?とお考えの方へ)

 ここでの記載をお読みになって、困惑されたり感情を害された先生方もおられるかもしれません。相手を半ば欺すようにして証拠を取得しているのではないか、とお考えになる方もいらっしゃるかと思います。

 残念ながら労働紛争においては、このくらいのことができてあたりまえ、という実情がすでにあることは認識していただきたいのです。講師の事務所への相談にあたり、すでに録音された内容を労働者が持ってくる、ということはこちらが指示をするまでもなく、ごく普通にあります。

 そうであるならば、いいか悪いかはさておいて対立当事者がそうした措置を取っている、という可能性を視野に入れてご自分の依頼人を支援する、そうした必要性を認識してくださいますようお願いします。

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7.3.情報公開制度の利用

 行政文書開示・保有個人情報の開示の各請求を使用者の管轄官公署・独立行政法人等におこなうことで、使用者が提出した勤怠記録・契約書・就業規則等を入手できることがある。

 手続き自体は安価で、請求をおこなったことは使用者に発覚しにくいので積極的に活用する。

 請求先は国・地方自治体・独立行政法人を想定するが、手続きの流れはほぼ同じ。開示請求から開示決定までは概ね1ヶ月程度。
参考文献
 情報公開・開示マニュアル 東京第二弁護士会 ぎょうせい(2008)

7.3.1.行政文書開示請求と個人情報開示請求の違い

行政文書開示請求で出るもの→個人情報以外の文書  就業規則に個人情報は記載されていないので、行政文書開示請求を利用して請求

 労働基準監督官の職務に関わる行政文書は不開示になることが多い(是正勧告書など)
 この場合でも、文書が存在することは不開示決定に示される。是正勧告がなされた事実は不開示決定書から読み取れる。

企業の信用低下に関わる文書は存否応答拒否
 計画的休業、退職支援などでの助成金の申請書は存否応答拒否する方針をとる。 網羅的に請求されると、経営が苦しい企業がわかってしまうため(労働局担当者談)。

個人情報開示請求で出るもの→請求者自身の個人情報が記載された書類
 タイムカード・契約書・賃金台帳・労働者名簿等、請求者個人にかかわる部分すべて
 存否応答拒否される類型の助成金等申請に添付された書類でも、個人情報の記載ある部分は開示される

絶対に取れないもの→請求者以外の人の個人情報
 複数労働者の事案では、各労働者ごとに個人情報開示請求する必要がある

7.3.2.準備

 上記のことを考慮して、使用者がどんな申請を官公署におこなってきたのかを事業活動のありさま・実際の手続きに即して相談者から聞き取り、考えればよい。おこなった申請が推定できたら、その添付書類を調べる。
 添付書類のなかに使えそうな書類があるなら、試しに開示請求してみる。

業種により、必然的なもの
 介護事業所開設など、事業に必要な許認可の申請に添付される就業規則・有資格者の資格を証する書面

場合により、ありうるもの
 各種助成金の申請時に添付される、勤怠記録・賃金台帳・労働者名簿・就業規則・労使協定類

例1:雇用調整助成金申請に伴う添付書類一覧
(旧 中小企業緊急雇用安定助成金。計画的休業の実施で雇用を維持しながら労働者に休業手当を支給した企業に出る助成金)

×休業等実施計画(変更)届
×雇用調整実施事業所の事業活動の状況に関する申出書
×最近3か月及び前年同期の月ごとの売上高、生産高又は出荷高を確認できる資料
×雇用調整実施事業所の雇用指標の状況に関する申出書
△休業協定書
△労働者代表選任届
○委任状
×登記事項証明書
×会社組織図(各部署別人員のわかるもの)
×就業規則、賃金規定
(就業規則、賃金規定のない場合)
○直近1ヶ月の出勤簿、○賃金台帳、○労働条件通知書(又は労働条件の確認できる書類)
×前年度労働保険概算・確定保険料申告書
×労働保険料納入通知書
×年間休日カレンダー(今年度、前年度及び労働保険料確定年度)
△変形労働時間制に関する協定届

上記の助成金に関する申請書類の開示は、行政文書開示請求としては存否応答拒否される。
×のついた書類は、この申請書類としては存否応答拒否により閲覧できない。
△のついた書類は、それらの書類に請求者個人が署名していれば個人情報として開示される。
○のついた書類は、請求者の個人情報として開示される。

例2:訪問介護事業所開設の申請に伴う添付書類(各都道府県により異なる)
□指定申請書
□指定に係る記載事項
□定款の写し
□登記事項証明書
□欠格事由に該当していない旨の誓約書
□土地・建物の賃貸借契約書等の写し
◎平面図
◎建物・事務所内部の写真
□管理者の経歴書
□サービス提供責任者の経歴書
□サービス提供者責任者の資格証の写し
◎従業者の勤務体制及び勤務形態一覧表
◎就業規則
□資格が必要な職種の資格証明書
◎運営規程
□苦情を処理するための措置の概要
◎申請法人の決算書(直近の決算書)
◎収支予算書
□介護給付費算定に係る体制等に関する届出書
□介護給付費算定に係る体制等状況一覧表
□損害賠償保険証の写し
□契約書・重要事項説明書
□関係法令を遵守する旨の契約書
□管理者等一覧表
□老人福祉法の届出

上記の申請書類は、行政文書開示請求により開示される。
□のついた書類は、書類中の氏名や印影などの個人情報該当箇所を墨塗りして開示。
◎のついた書類は、性質上個人情報を含まないので当然に開示される。
□のついた書類に請求者自身の個人情報を含む場合は、個人情報開示請求により開示させることになる。

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7.4.使用者側から出してもらった書面の検討

 敵側から出てくる書証がつねに敵側に有利なものとは限らない。
 よく読んで落ちついて検討すると、書証相互間での矛盾を突けたり敵側の立証趣旨と違う事実を読み取れることがある。

 こちらの書証が貧弱な場合、労働審判・少額訴訟など短期に終了する手続きを選択しない。通常訴訟で時間をかけてこうした検討を重ねることで少しずつ有利な立場を作るという戦術もあるため、初動での相談を扱う本研修でも少し説明する。

7.4.1.賃金台帳

 賃金・残業代請求訴訟で提出される。使用者側の立証趣旨としては賃金減額変更が公平に(他の従業員にも)なされていることや、適切に時間外労働時間を管理していること・労働者に時間外労働が存在しないこと等が多い。
 労基法108条で作成・労働者退職後3年間の保管義務がある。
 記載事項
(1)労働者の氏名
(2)性別
(3)賃金計算期間
(4)労働日数
(5)労働時間数
(6)時間外労働時間数、休日労働時間数、深夜労働時間数
(7)基本給、手当、その他賃金の種類毎にその額
(8)賃金の一部を控除した場合はその額   訴訟で反論に用いた記載内容
 ある労働者の退職後に、他の労働者の時間外労働時間数が増加している(実は残業の必要性があった)  労働日数がその勤務先の所定就労日と一致しない・給与明細書など他の書類が全部手書きの会社なのに、賃金台帳だけ表計算ソフトで作成・雇用保険の保険料控除額がその当時の料率でない(後から作られたものである可能性)
 入社時の基本給について、何度も書き直しの跡がある(基本給額について熟慮して決めたと言える)

7.4.2.経理上の資料

 主に賃金減額の当否を争う訴訟で提出される。使用者側では経営状況(が、苦しいこと)を立証するために用いるが、労働者側では次のことを読み取ることが多い。
資産の部に保険料が計上されていないか
 役員(社長の家族)の退職金に充てる逓増定期保険契約は、会社の経営が悪化しても残っていることがあり、これは資産性がある。契約が特定できれば差押に馴染むが、見つけたとは絶対言ってはいけない。
役員給与が減っているか
 従業員の給料はカット・不払いにして社長の給料はこれまでどおり・従業員の給与ほど減らさない、というのはよくあるパターン。会社の売り上げが減っている、という立証趣旨で貸借対照表・損益計算書を出してしまう訴訟で見受けられる。
 労働者側で賃金減額の必然性を争うために指摘する。
雑収入(営業外収入)はないか
 返済不要の助成金をもらった場合、経理上はこの科目に計上せざるを得ない。
 その助成金が何かを調べて、助成金申請書類について情報公開請求の当否を検討するために注目する。

7.4.3.陳述書

 事実と異なることを適当に記載した結果、つぎのようなものを見ることがある。
数ヶ月以上前のことが異常に詳しく記載されている
 さしあたりそのままにしておく。その点だけに対する反論は困難であるが、反対尋問時に問題となっている記載の前後のことを詳細に説明させようとすると破綻することが多い。実際にはそんなに具体的に覚えているわけがないため。
敵側の複数の証人の陳述書で、言っていることが違う
原被告間で争いのない事実と違う
 単純ミスだが致命的。「原告は6月の入社時からタイムカードを不正に打刻していました」という記載があるが、実は原告の入社は8月、など。
 それぞれある程度業歴の長い訴訟代理人がついてもこうなってしまうことがあるほか、司法書士代理人による事案でも見かける。早期に矛盾を指摘することが多いが、証人尋問が不可避ならそのときまで黙っておく。

 こうした陳述書については、記載が事実と違うかどうかの検討(これは依頼人の作業に適する)のほか、事実をはなれて敵側のこれまでの全訴訟活動・提出書類と矛盾しないかの検討を行うことができる。これは、司法書士事務所での作業に馴染む。

支払督促の異議申立書について
 督促異議には理由は不要であるが、特に賃金請求を支払督促で行った場合に使用者側からさまざまな理由を書いてくることがある。事実とことなる理由の記載もあるので、その場合は督促異議後の訴訟で陳述書とおなじように使わせてもらう。

講師から一言
 不貞の慰謝料請求訴訟の被告側で反対尋問計画を練ったことがあります。
 被告は本人訴訟、原告側には弁護士がついていました。
 原告は配偶者と仲良く暮らしており、一緒に旅行にも行った(婚姻生活に破綻がなかったのを、被告が破綻させた)、という趣旨で原告作成の旅行申込書・陳述書が甲号証として提出されました。旅行申込書を検討したところその配偶者の生年月日が全然違っていたことに気づいたため、反対尋問では原告がいかに配偶者を大事にしているかについてまず目一杯気分よくしゃべらせ、その後に
「そんなに大事な方なのに、申込書には誕生日を間違えて書いてしまうんですか?」と突っ込んだところ、原告本人が言葉に詰まって泣き出した、という経験があります。  本人訴訟でもやることはやる、という事例ですが、やり過ぎはよくないようです。

7.4.4.一部のみ変造した書類

 契約書に契約期限を追加したり、退職届の記載の理由のみ書き換える・隠す、など。
 それが変造であることを立証するのは、鑑定によらない限り困難であるが、変造のもとになる書類が手元にある場合にスキャナを使って変造前後の書類を重ねた画像を提出する(変造部分のみが異なり、あとは手書き文字まで完全に一致する異様な文書になる)ことで変造前後の文書のどちらかが変造されたものであることは示せる。
 変造者側に大した技術がない場合、期日で原本確認させるよう強硬に主張するだけでも効果がある。原本が出てくることはあまりないが、有利な和解案が出てくることがある。

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このコンテンツは平成25年10月に、業界団体で実施した研修の教材です。
司法書士の研修のために講師として作成していますので、一般の方に有用でないこともあります。

個別の問題については、有料の相談をお受けしています。

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