見習い・インターン・お礼奉公

質問

私はある美容師のところで、見習いとして働くことになりました。5年勤めれば独立させてやる、という約束なのですが、もしそれ以前に退職するなら1ヶ月あたり3万円を技術取得の費用としてその美容院に支払うという契約書に、勤務開始のときにハンコを押させられました。

それから3年働きましたが、残業しても一切給料が増えないので職を変えようと思います。この技術取得費用を払わなければいけないのでしょうか。

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建前 企業内で当然必要な技術指導で、費用を請求されるものではありません

昔からある職業で、技術を身につけて転職したり独立開業できるような職業では、いろいろな手段で労働者の転職や独立を制限する契約を設けていることがあります。

代表的なのは美容師・看護師・そのほか職人の仕事にみられます。こうした合意のうち、特に退職そのものを制限したり退職時に労働者から使用者にお金の支払うようにさせる合意よって労働者を拘束することは困難ですが、現在では期間を定める労働契約において契約期間の上限が3年と定められているため、この期間の合意自体は有効になることに気をつけてください。

美容師のインターンをめぐる裁判例(サロン・ド・リリー事件・浦和地判昭61.5.30)では、「たとえ一人前の美容師を養成するために多くの時間や費用を要するとしても、本件契約における指導の実態は、いわゆる一般の新入社員教育とさしたる逕庭(かけ離れていること)はなく、右のような負担は、使用者として当然なすべき性質のものであるから、労働契約と離れて本件のような契約をなす合理性は認めがたく、しかも、本件契約が講習手数料の支払義務を従業員に課することにより、その自由意思を拘束して退職の自由を奪うことが明らかである」として、労基法16条に違反するとしています。

また、新卒の看護師を一定期間確保するために、看護師希望者に医療機関経営者が寮費や学費を負担して資格を取得させ、その代わりに資格取得後一定期間その医療機関で勤務させようとする、いわゆるお礼奉公については、次のような裁判列があります。
看護学校に入学する生徒に対し医療法人が就学費用を貸与し、免許取得後2年または3年同法人で勤務すればその費用返還を免除するが、それ以前に退学・退職した場合には即時に全額返済させる旨の法人と生徒の契約は、その実質において生徒に将来の法人での一定期間の就労を義務づけるものであり、経済的足止策の一種として認められるとして労基法16条違反となる(和幸会事件・大阪地判平14.11.1)。

これらの裁判例はいずれも、労働者に対してその企業で働くために、ある技能を身につけさせる一方で、一定期間在職しないことに対して大きな不利益を課すような合意に対して、労働基準法第16条に違反するものとして無効としています。

これは、労働者が労働しないこと(労働基準法第16条の条文では、労働契約の不履行)について違約金を定めたり、損害賠償額の予定をする契約をしてはならないという点に着目して無効としているものです。
したがって、背後に技能取得や足止めの狙いがあったとしても、双方合意のうえで最長三年までの雇用期間を定めた契約についてその期間前に自由に退職することはいつでも可能とはいえませんし、労働基準法第16条で禁じているのは損害賠償額の予定、つまり労働者が早期に退職してしまった際に使用者側に支払う金額を決めておくことが禁じられているだけですから、有期雇用契約において労働者が勝手に退職した結果、使用者側に実際に損害が発生してしまった場合にはこの責任を追及されることもあります。

 このように、労働者を退職させないように使用者からなされる違約金や損害賠償の請求は大体は不当な要求なのですが、ごくまれに無視できないもの(労働者側に責任があるもの)があるため、注意が必要です。

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本音 退職後に中傷されるのは、残念ながら防げません

 就労後一定の期間で資格や技能を身につけ、それができたあとでも一定期間の就労を義務づける、それがもし不可能なら、いろいろな名目で使用者に労働者がお金を払うような契約を結んだり要求がなされる、ということがあります。
 
 昔の言い方ならお礼奉公、現代風にはインターンあるいはOJTといったところでしょうか。
 いずれにせよ、これも中小零細企業でそう大した教育を受けていない場合には単なる言いがかりとして無視して構いません。たとえ念書や契約書を書いていても無効です。約束を破った場合に労働者が使用者に払うとされるお金の名目は講習費用・手数料・損害賠償・違約金とさまざまですが結論は同じです。

 端的にいって、いまどきこうしたやり方で労働者を拘束しようとする中小零細企業にろくなものがあるはずもなく、大体の場合資格取得までの支援もわざわざ時間や機材や費用面での援護があるどころか単に就業時間外での店舗施設や機材の利用にとどまる、時にはサービス残業をさせられているだけ、ということもままあります。実際にどんなやりかたで支援を受けてきたのか、あるいは会社側に支払う違約金等の支払条件等を検討すれば比較的簡単に、会社の主張が不当であることがわかります。
 ただ、違約金等の支払でなく単に同業他社への転職を禁じるものである場合には、注意が必要です。労働者に対して、退職後に同業者への就職を規制することは、その合意の内容によっては有効だからです。

 契約期間と並んで一応注意しなければならないのは、同じ業界内での転職を考えている場合です。問題がおきている勤務先の経営者が性格の悪い人間だったりすると、退職した労働者の悪い評判をあることないことばらまかれる、ということは実際にあります。これを確実に止める有効な手立てはありません。給料不払いなど、請求しやすい問題点で法的措置をとってきっちりと労働者側有利の結果を得ると以後おとなしくなることもありますし、そうした風評を流すのが好きな経営者が必ずしも同業者から信頼を得ているわけではありません。

しかし、そうした悪評判を恐れて泣き寝入りする人もおり、これは大変残念なことです。

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Last Updated :2018-10-04  Copyright © 2013 Shintaro Suzuki Scrivener of Law. All Rights Reserved.