相談室からひとこと労働審判手続

管轄の問題さえクリアできるなら、賃金未払い・不当解雇など労働紛争の解決のために労働審判は常に選択肢に入れたい手続きです。
民事調停より早期に強力な説得がなされ、少額訴訟とちがって請求額に制限がなく、通常訴訟より早く裁判所側から和解案が出てくることが期待できますから。

ただ、どうしても和解したくない意向がある労働者の利用には適さないのかもしれません。これは、『強力に調停成立を目指してアプローチしてくるが、その条件がのめれば解決が速い』というこの手続きの特徴に照らしてやむを得ないものと考えています。労働基準法第114条の規定による附加金の請求どころか、遅延損害金の請求を労働審判手続きによって認めさせることすら非現実的です。

労働審判手続きは特に、司法書士・弁護士を含めどんな事務所に依頼するかについて慎重な選択を要します。一回の期日で当事者にかかる負担が大きいのと最大三回の期日で結論を出すという制限があるため、対処能力が低い人に依頼すると不利な立場に追いやられて挽回できない特徴を強く持っているためです。

特に司法書士に書類作成を依頼して本人による申し立てを行うことは、誰にも当然にお勧めできる選択肢ではないと考えます。

なぜなら労働審判の期日は必ずしも司法書士の傍聴が認められるわけではなく、期日におけるやりとりは全て労働者本人がいったん意味を把握したうえで司法書士に伝えなければなりません。また、労働審判手続申立書の出来が悪ければ期日が一回無駄になりかねません。

ですから、本人の対処能力がある程度高いか、または争いの内容がよほどわかりやすい紛争で証拠もしっかりと揃っているような事案でないと、延べ三回の期日でよい結論が得られない可能性が強まります。また、各回の期日では労働者本人が自分で裁判所側に口頭で何かを説明する必要が多々発生するため、申立の内容に即してどんな質問があるかを見越した上で事前の打ち合わせにある程度時間を割いてくれないような事務所であれば利用を避けるべきです。

弁護士でも司法書士でも、申立を依頼する段階の相談で自分に対する説明が十分でないと感じたら、迷わず事務所を替えましょう。その裁判所への申し立ての経験がない、というのも危険ですが、これは裁判所によって『最初の期日でとにかく強引に終了させようとする』ローカルルールに対処できていればよいので、第一回期日に向けての準備を万全にするという態度表明があるなら一応は依頼可能と考えます。

一部のウェブサイトでは、社会保険労務士(司法書士でも弁護士でもなく、同一事務所にそうした資格者がいるわけでもない)なのに本人申立を前提として労働審判手続の申立書を作成する・申し立てをサポートする、と標榜するものがありますが、これは違法です。社会保険労務士は労働審判手続申立書を作成できず、相談に応じることもできません。

そうした違法事務所にも優秀なものがあるのではないか、と考える必要もありません。どんな士業であれ、事案に応じてさまざまに選択できる裁判手続きのなかで「労働審判しかサポートできない」というなら士業としてはただの間抜けです。

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労働審判手続への使用者側での対応

ここでは特に小規模・零細・個人事業主の側で労働審判手続の相手方になった場合の対応を考えます。
ただし筆者は主に労働側で上記の経営者が無駄な抵抗をして吹き飛ばされていくのを(失礼ながら、喜んで)眺めていた立場の人間ですので、少々辛い説明になっているかもしれません。

基本方針:ムダな抵抗はしないあえてやるなら通常訴訟で

不当解雇事案で使用者側がもっとも悲惨な結果になるパターンとして、『弁護士を使えばなんとかなるんじゃないだろうか』と安易に着想し20〜30万円の着手金を払って応訴しあれこれ反論するものの、裁判所から順当に蹴散らされて労働者側有利な調停案を飲まされる、というものがあります。

正社員の不当解雇事案であれば上記の着手金は労働者の賃金の約1ヶ月分に相当しますので、うっかり弁護士を動員して敗北すると解決へのコストが2割〜3割程度増加することになります。前ページで挙げた統計によれば、不当解雇事案で支払わされることになる解決金の中央値は賃金の約4.4ヶ月分とされていることを覚えておいてください。

法律相談は最低3ヶ所、3万円で

労働審判手続きを申し立てられた場合に使用者側が陥りやすい初動での失敗が二つあります。

一つは『いつもの顧問先になんとなく依頼してしまうこと』
もう一つは、『誰かに紹介してもらった弁護士になんとなく依頼してしまうこと』です。

上記は二つの失敗要素を含みます。一つは根本的な問題として、その弁護士が労働問題・労働審判について十分な知識や経験を持たない可能性があることです。やっても無駄な反論をだらだら書面で並べて一顧だにされずに終わるのは主にこのパターンです。

もう一つは従前の契約関係や誰かからの紹介といったしがらみがある関係で、報酬額をよく考慮して依頼先を選びにくくなっていることです。依頼先を自分で熱心に探さない、ということはそれ自体、コストまで含めたパフォーマンス低下の可能性を大きく高めます。

これらのことに対処しようとすると、『最低3ヶ所の事務所で各1時間、計3万円程度を投じて弁護士の意見を聞いてみるのがよい』ということになります。

ある程度勝ち負けのはっきりした事案であればこうした相談で意見が出てくるはずですし、不当解雇・賃金や残業代の請求ではだいたいの場合、使用者側にかなり不利な意見表明がなされているかと思います。

もちろん、労働者が無謀な慰謝料請求を積み増ししているなど複数回の法律相談を経ても労働者側の請求を排除可能と思っていい部分はあり、そうした『負けそうな部分・勝てそうな部分』を切り分ける必要があると考えてください。なぜか経営者の皆さん方は『弁護士を使えば必ずどうにかしてくれるだろう』と期待し、そして失敗します。

依頼費用は『コスト』です

筆者の事務所ではパートさんの不当解雇もよく扱います。解雇が不当だということで2〜3ヶ月ぶんの解決金を支払ってもらう、といっても金額は20万円とか30万円の世界です。

そんな事案でも経営者の皆さんは8割以上の方が弁護士を代理人にして出頭し、そして負けるのですがあれは一体何をしたいのでしょう?着手金だけで20万なり30万なり使っているはずですが。

労働審判手続では原則として使用者側代表者または役員の出頭を求められます。弁護士を代理人にしても同様です。また、労働審判手続の期日で裁判所からの質問は主に『労使双方の言う事実が食い違っている点』と『いくら払えば(労働者側では、貰えば)調停成立にできるか』の2点に向かってなされます。別に法律知識を駆使して大演説をぶったり相手に直接反対尋問したりする機会は与えられていません。そうすると、法律相談をへて勝ち負けが見えてしまっている労働審判手続における相手方代理人の効用は主に『申し立てに同行し、自分の依頼人に手続きや裁判所の調停案の説明をすること』になってしまいます。

使用者側がムダな答弁書を出して負ける事案を見ると、どうしてもこう言わざるを得ません。

会社からみた紛争解決のコストはあくまでも『弁護士への着手金と成功報酬』+『労働者に支払う解決金』を合わせたものであるはずです。極論ですが前者がゼロである場合、その分後者=労働者側に回せる解決金が増えます。つまり、裁判所が労働者を説得しやすくなります。

どうしても争いたい、という方は当然います。
労働審判手続でそれを考えること自体が無意味です。仮に労働者側の申し立てが無謀なもので、その請求を全面的に棄却させる労働審判が出たとしたらどうなるでしょう?

労働者側は、気が向いたらこんどは通常訴訟を起こせばよい、というだけです。その請求を排除するために、会社側はまた代理人を選任する必要がある、ということになります。
労働者側の思惑をお伝えすると、こうすれば労働審判手続の着手金と成功報酬、加えて通常訴訟の訴訟代理の着手金の支払いを会社側に強要できて「いい気味だ」ということになります。

もちろんこうした思惑がはっきり伝わることはありませんし、中には真剣で純粋だが運がないか下手な労働者が本人申立で裁判手続を戦い抜き、やっと勝つということもありえますので労働審判で負けたあとの通常訴訟提起が全て悪いことだと考えてはいけません。

とにかく、労働審判手続では労働者側が負けても通常訴訟を起こせる以上、請求を完全に封殺して紛争を解決することがきわめて難しいのです。どちらかというと、『いくらか払って調停成立させ、清算条項と守秘義務を定めて蒸し返しを防ぐ』のが妥当な対応ということになります。そうでなければ労働審判では代理人も選任せず答弁書も出さず、労働者側が勝手に起こす通常訴訟に備えて着手金支払能力を温存しておいたほうが紛争解決へのコストは最小化できるでしょう。

この想定が崩れるパターンがあるとすれば、労使双方に優秀で誠実な代理人がついてお互いの能力を見切り、自分の依頼人を丁寧に説得して合意を成立させてしまうような場合、または裁判外で相手の弱点を突いて黙らせてしまうような手法を立案実行する人を代理人にできたような場合です。小さな企業の労働紛争では滅多に見ません。自分の依頼人を粗雑に説得して合意を成立させてしまっている代理人はいるようです。敵対当事者側の待合室から誰かの怒鳴り声が聞こえてくると、時折依頼人から報告が入ります。

以上のことから、特に請求額(労働者側への支払額)が少ないほど、労働審判手続での代理人の選任は紛争解決費用の増大を招き、その多くはあまり効果がありません。そうでなくても経営者が妄想するような完全勝利はこの制度では、ほぼ実現不能なのです。
理想的には法律相談を経て会社側に不利なこともちゃんと言ってくれる弁護士が発見できたら、その人に答弁書だけ作ってもらう(見かけ上の請求額が大きくても多額な着手金/成功報酬を払わないで済むような報酬設定で依頼する)のが費用対効果としてベストだとは思います。

仮にそうした弁護士が発見できなければ、弁護士に法律相談しつつ最低限の答弁書を自分で作るなり司法書士に作らせるなりするのがたぶん次善の策になります。間違ってやってしまった不当解雇について相場並みの解決金を払って手じまうとか、逆に見当違いな慰謝料請求を蹴散らす程度であればこの方針が妥当と考えます。どうみても使用者側が負けな未払賃金あるいは残業代請求の場合、変な答弁書はつくらず『請求は争いませんが経営が苦しいので分割払いにしてください』とひたすら頼んだほうがよほど労働者側は手こずります。

当然ながら弁護士さんの存在意義を否定するわけでは全然ないので、請求が複雑多岐で労働者側にも弁護士がついている(まっとうな主張を投げ返せば労働者側の代理人が労働者を説得することが期待できる)場合、各別の請求を整理して反論する作業そのものを弁護士さんと進めていくことは必要です。

ただ、こうした『白黒はっきりつかない部分や、法的判断を要する部分がどれだけあるか』は複数回の法律相談である程度見えてきます。相談過程でもしよさそうな弁護士さんが発見できたら、費用はやむを得ないものと考えて依頼してしまう(で、結果はともかく本当にいい仕事をしていると思えたら、以後はその人を顧問にする)というなら企業経営上はこれが最もよいと思えます。

期日で答えるのは『あなた』です

先にも説明しましたが、労働審判手続の期日では裁判所(主に裁判官)から、事実に関して質問されます。
つまり、弁護士ではなく当事者本人が覚えていることについて、当事者本人の説明を求められるわけです。

このため通常は経営者(会社代表者)本人か、そうでなければ労働者の直属の上司を出頭させて裁判所での説明に備える必要があります。これは弁護士を代理人にしていてもいなくても同じです。この説明になんらか作為が必要だ…とは考えたくないのですが、事実と違うことを言おうとするほど準備は複雑に、結果は危険になります。基本的は覚えていることを一問一答形式で答えればよい、と労働者側では指導しています。使用者側でも同じはずですが、説明しておくと有利になりそうな点がいくつかあってそれを割り込ませたほうがいい、という指導は代理人からあるかもしれません。

出来のよい申立書・答弁書が作成・提出された場合、代理人弁護士は期日であまり発言の機会が与えられません。裁判所が関心を示すのは「その紛争をめぐって、担当者が知っている事実」が主になるからです。だったら弁護士を挟まず、本人から直接聞いたほうがいいに決まっていますね。

もう一つ、期日で決めなければならないのは裁判所からいずれ示される調停案に応じるかどうかです。このため、弁護士を代理人にしており会社代表者本人が出頭しない場合、ある金額の範囲でなら応じられるだけの調整をさせて決裁権を与えた会社役員・上級職制を同行させることが望ましいです。この『応じるべき金額の範囲』を正確に見積もるのも、事前の法律相談または代理人との打ち合わせで必要な作業です。

この作業をしていないと、期日で裁判官から何か言われる、ということになります。おそらくは面倒な人として扱われるはずですが、労働者側も面倒な人であれば第一回期日ではそう困ることもありません。ただ、第二回期日以降は裁判所から示された調停案を真剣に考える必要が出てきます。それは多くの場合、『調停を拒否した場合に出るであろう労働審判』の金額や方向性を示しているからです。

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労働審判手続申立書類の受託は、状況に応じて慎重に行っています

当事務所の料金体系は、本人訴訟によるかぎり通常訴訟と労働審判で違いはありません。
ただし、当事務所では労働審判手続について各回期日で当事者にかかる負担が大きいことを重視しており、紛争の性質や相談者の状況によってこの手続の利用に賛成しないこともあります。

実際にお話しを聞いてみないとなんとも言えないのですが、相談の内容を私に適切に説明できたり、私の指示やお願いした準備を聞き漏らさない程度の能力があれば大丈夫だとは思います。
しかし、中にはそれができない人も年齢性別学歴職歴に関わらず結構います。
そうした人には労働審判の利用をご希望の場合、弁護士に代理を依頼するよう推奨しています。

決して手放しでおすすめできる手続きではないものの、これまで当事務所では東京・横浜・静岡・名古屋・岐阜・大津・大阪・松江・徳島・福岡の各地方裁判所に労働審判手続申立書の提出を行って本人による申立を支援しおおむね所期の成果を得ており、今後も労働審判手続を適切に活用したいと考えています。

また通常訴訟等と同様に、書類作成や訴訟代理を専門家に依頼しない方々に対して、ご自分で作成された労働審判手続申立書の添削等の相談にも応じています。

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